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正一と日本共産党 &正一の活動日記 河田正一 : 10年05月23日

辺野古の座り込み2222日

5月19日、名護市辺野古のテント村を訪れました。熱いカンカン照りの日差しの中の突然の訪問でしたが、テント村に座り込んでいる人たちは歓迎してくれました。透き通るようなブルーの辺野古の海に食い1本打たせないと頑張ってきた住民の粘り強く、お金に惑わされない運動に改めて敬意を表します。米軍基地との境界線には、全国からの応援の横断幕がたくさんかかっています。しかしどれもこれも、切り裂けたものばかりです。原因は、境界に設置されている有刺鉄線は、私たちが知っているものとは違い、とがった針金ではなく剃刀の刃がついています。これが錆びているのです。ここにも人を殺傷することが任務とする海兵隊の一端が垣間見られます。訪れたこの日は、座り込みを始めて2222日目にあたる日でした。5月中の決着と称し、民主党政権はアメリカに全面屈服した従来案を決めようとしています。辺野古に連帯した全国民の意思を参議院選で示そうではありませんか。

この後、那覇に移動する途中、普天間に立ち寄り、丸木位里・俊さんの絵を常設展示している美術館により鑑賞した後、屋上の展望台から普天間基地を望みました。直前に2機のヘリコプターが飛び立つ音を聞きましたが、見ている間には飛び立った機はありませんでしたが、飛行準備している機の轟音は聞こえてきます。世界一危険な飛行場普天間から米海兵隊の撤退は当然です。しかし、辺野古への移転では沖縄の負担、日本の米国追従は何一つ解決はしません。「日本に米軍基地はいらない」「日米安保は日本を守るためのものでない」子の声を大きな声にする時です。

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